ひろとのウキウキ株日記

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小説・映画の感想


『デスノート』を見て


最近観た中で一番満足感を得られた映画作品は?と聞かれれば、僕は『DEATHNOTE(デスノート)』 主演:藤原竜也 松山ケンイチ を挙げたいと思います。


===ストーリー===================

「このノートに名前を書かれた人間は死ぬ」

高校生・夜神月(やがみ ライト:藤原達也)は、死神リュークが落としたデスノートを手に入れる。犯罪者ゼロの理想の新世界を作るため、月は、世界中の犯罪者の名を次々とノートに書き込み抹消していく。やがてその存在に気付いた大衆は、殺し屋=Killer の意味から「キラ (KIRA) 」と呼び始め、キラを「神」と崇拝する者まで現れた。自らの行為を正義と信じる月は、新世界の神として世界をコントロールしていく。

一方、キラの存在を察したICPO(インターポール)は、手がけた事件は必ず解決に導くとされる「L(エル:松山ケンイチ)」と呼ばれる謎の探偵にキラ事件の調査を依頼。Lは、全世界の警察を掌握できる唯一の存在であり、その本名はおろか、居場所も顔も一切謎に包まれている。

キラを「悪」と考えるLは、綿密な方法で「キラが日本の関東地方にいること」を証明し、日本に捜査本部を設けキラに挑む。こうして二人は、お互いの正体を暴く為に、それぞれの正義を掲げて対決することになる・・・

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絶対的『抑止力』は悪か?

僕もこの映画を観てずいぶん考えさせられました・・・。悲しいことですが、個人的な見解では人が『欲』を持っている限り絶対的『抑止力』なしに平和が成立するとは考えられません(ここで言う平和とは、争いのない見かけ上の均衡状態を指しています)。現在世界の平和が成立しているひとつの大きな要因として「アメリカの圧倒的な経済力・軍事力」、つまり絶対的『抑止力』の存在が挙げられるのではないでしょうか。

どの国も「アメリカとガチンコになったら負ける」とわかっているから戦いを挑まないんだと思うのです。冷戦時の脅威であったロシアも、アメリカが経済力の差を利用した実質的に自国は軍縮しない軍縮条約を結ぶことに成功し、現在では軍事力に大きな差がついてしまいました(これとは関係なく、現在の経済力の差から考えてもずいぶん差がついています)。

(たしか(笑)・・・何かの核ミサイルを「解体する」ことを条件に軍縮条約を結んだのですが、アメリカはすぐに組み立てられるよう解体部品をそのまま保存しました。ロシアもそうすればいいのですが、部品の保存には莫大な出費が発生してしまい、財政面で廃棄せざるを得なかったのです)。

日本をはじめ、世界の歴史を見てもそうです。長期安定政権を築いた徳川幕府が崩壊したのも、それまで維持してきた『抑止力』が衰えたことが直接の原因となっています。世界に目を向けても、数々の革命が成功したのも特権階級の『抑止力』が衰退したことが直接の原因となっています。


原作者である大場つぐみさんは「デスノート」という作品の中で『デスノート』という絶対的『抑止力』を作り出しました(厳密に言うと、デスノートの行使を防ぐことが出来るので限りなく絶対的に近いものであって、絶対的ではないのですが、笑)。「悪=死」という法則を設けたのです。現実世界でも同様の現象が起こると推測できますが、作品の中では当然のごとく犯罪者が激減しました。もし全世界の人々の脳裏にこの法則が植えつけられれば犯罪はほとんどなくなるのかもしれません。

悪為を行おうとしても「デスノート」が『抑止力』となって、それを行わせないように働きかけるからです。

しかし、いったい誰がその『悪』の基準を決めるのでしょうか?それは、その絶対的『抑止力』を有する者です。

映画ではキラ(夜神ライト)が絶対基準となります。現時点の現実世界ではアメリカといったところでしょうか。

昨今起きた9・11テロも同様ですが、絶対的『抑止力』を有する自国(アメリカ)、つまり『正義』に攻撃してきたテロ勢力は自動的に『悪』となってしまいます。しかし、テロ勢力からしてみれば自分達を殲滅しようとしているアメリカが『悪』なのです(第2次世界大戦後、アメリカはユダヤ人(キリスト教勢力)を保護するため、イスラム教勢力から強制的に土地を奪いました←ちょっと言い方キツイですが このことが主な原因となり、現在のような状態になっています)。

つまり、『正義』だの『悪』だのという価値観は絶対的なものでなく、あくまで相対的なものであり、全人類共通の基準など存在しないのです。自然界の法則は弱肉強食です。これは『悪』なのでしょうか?では、人類の場合は??あえて大胆に言うと、もしかしたら「平和=争いのない状態」と言う概念そのものがおかしいのかもしれません。。。

映画の中では「キラ=悪」という位置づけになっています。しかし、これは単純に「絶対的『抑止力』=悪」と訴えているわけではなく、「絶対的『抑止力』を『欲』によって行使する=悪」ということではないでしょうか。個人的には「極度の人為介入はせずに、”自然”を保つことが大切だ」という印象を受けました。

つまり、絶対的『抑止力』自体は『悪』でもなく『正義』でもないものであり、「それを使用した場合のみ、その両方の性質が出現する(相対的基準)」という性質のものであると考えられます。


このようなプロセスを経て、個人的な見解としましては「人が『欲』を持っている限り絶対的『抑止力』なしに平和が成立するとは考えられない(ここで言う平和とは、争いのない見かけ上の均衡状態のこと)。争いが無いことを望むなら絶対的支配者(『抑止力』)の存在を認めるしかない。ただし、その支配者の『悪』と『正義』が自身のもつそれと一致するとは限らないし、それが『欲』のままに暴走したとしても誰もそれを止めることが出来ない」というものになりました。

つまり、絶対的『抑止力』の保有を万人から認められる者がいるとしたら、公平無私な『神』に限りなく近い存在の者のみとなり、それ以外がこれを持つということは大変危険なことなのです。


人類が本当に必要なのは『抑止力』ではなく、『欲止力』である(笑)


最後に、、、数多くの大衆に伝達可能な『漫画・アニメ・映画』という媒体を通して「人類の永遠のテーマ」とも言えるこのような問いかけをしたことは大変価値のあることだと思います。「デスノート」に関わった皆さん、お疲れ様でした^^


PS
ストーリーも然ることながら俳優さん方の演技も大変素晴らしかったです。とくに L(松山ケンイチさん)は、「これ以上にない」ってくらいハマってたと思います♪

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投稿日:2007年05月03日 20:11 |  コメント(0)

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